【第1回 終焉への輝き】
  1. Hotel California
  2. New Kid In Town
  3. Life In The Fast Lane
  4. Wasted Time
  5. Wasted Time (Reprise)
  6. Victim of Love
  7. Pretty Maids All In A Row
  8. Try and Love Again
  9. The Last Resort
Hotel California
EAGLES
 
●1976年 アルバムリリース
●1977年 シングルカット「Htel California」リリース
●1977年 グラミー賞最優秀レコード賞(アーティスト)
 
【同アーティストの代表的アルバム】
・EAGLES(ファースト) ・DESPERADO ・ONE OF THESE NIGHTS ・THE LONG RUN ・EAGLES・LIVE
 
 

 記念すべき第1回目に取り上げるのは、やはりこのアルバムです。
かなり強引な個人的な考えを言えば、ロック・ポップス・フォーク等、全てのポピュラー音楽が最も輝いていたのは60年代末から70年代だと思います。
その時代にあって、このアルバムは最高・至高の輝きを持ったアルバムだと思います。

 タイトル曲でもあり、印象的な哀愁を帯びたギターのイントロから始める「Hotel California」を初めてラジオの深夜番組で聴いたときの衝撃は忘れられません。

  それはまさに「衝撃」でした。
それまでEAGLESというバンドは、ファーストアルバム「EAGLES」(1972)に収録されていた「Take it Easy」、セカンドアルバム「DESPERADO/ならず者」(1973)の収録曲「DESPERADO/ならず者」、そして4作目に当たる前作「ONE OF THESE NIGHTS/呪われた夜」(1975)が大ヒットしたことやそのタイトル曲「ONE OF THESE NIGHTS」同収録曲「Take It To The Limit」などの楽曲は聴いたことはあったのですが、それほどには私の印象に残るバンドではありませんでした。
それよりも、EAGLESがデビュー前に前座を務めていて、楽曲も提供したことのあるリンダ・ロンシュタット(LINDA RONSTADT)の方が好きで、良く聴いていました。

 深夜にラジオから流れた「Hotel California」のギターのイントロを聴いた瞬間、大袈裟ではなく、鳥肌が立ちました。こんな凄い楽曲があるのか!こんな凄い曲を作れるアーティストがいるのか!「やられた!」と思いました。
その時にはまだ日本では発売されていなくて、その放送が日本での初オンエアだったように記憶しています。

 アルバムの発売と共にレコード店へ向かったことは言うまでもありません。
そしてそのアルバムを手に取った時の感動も憶えています。
そのレコードジャケットの表紙は西海岸カリフォルニアの風景なのでしょうが、それまでイメージしていたカラッと晴れ渡る空と大地と海という印象では無く、どこか中近東の夕暮れの風景のような寂しさを感じました。
そして見開きジャケットを開くとホテルの談話室のような所で何人もの男女がそれぞれに会話をしているのですが、カラー写真であるにも関わらず、どこかセピア調の、というよりホテルの窓を通して入ってくる夕陽を浴びたような写真でした。アルバムの裏表紙では、同じ場所(談話室?)なのですが、人々はそれぞれの部屋に戻ったのか、ガランとした祭りの後の寂しさが漂う風景に変わっています。

 そしてそのアルバムの中に入っている歌詞カード(ライナー)には、2曲目「New Kid In Town」からの歌詞は載っているのですが、1曲目のタイトル曲の歌詞はジャケット見開きの部分に印刷されているだけで、この歌詞カードには載っていなかったことが、なぜかとても印象に残っています。

 レコードに針を落とすと、まず最初に聞こえてくるのがタイトル曲の「Hotel California」・・・。
ここでもまた、いきなりぶっ飛ばされた!という想いがしました。
これだけの大名曲をいきなり1曲目に持ってくるなんて、なんて大胆なアルバム構成なのだろうと思いました。
こんな曲が最初に出てきてしまっては、後に続く楽曲が色褪せて聞こえてしまうのではないかと思ってしまいます。しかし、そんな想いは杞憂でしかありません。続く「New Kid In Town」から「Wasted Time」まで(当時のレコード版のA面)までEAGLESらしい優れた楽曲が並び、更にB面ではA面の最終曲「Wasted Time」のRepriseから始まるという心憎い演出。
いきなりの「Hotel California」で度肝を抜き熱くさせておいて、徐々に心地よいクールダウンをさせてくれる、アルバムとしてのトータル感を持った、至高のアルバムだと思います。

 

 初めに書きましたが、ポピュラー音楽、特にロックが一番輝いていた時期は60年代後半から70年代だと思います。
もちろんそれ以前の50年代や60年にもElvis PresleyやChuck Berryなどに代表されるロックンロールの隆盛、そしてなんと言ってもTHE BEATLESの存在は無視できません。
しかし、敢えて言えばBEATLES解散後に煌めく彗星のように現れた数多くのロック・ミュージシャンがそれぞれに試行錯誤し、互いに刺激しあい、その存在を高め、優れた楽曲を作り出していったのは、やはり60年代後半〜70年代でしょう。

 ロック・シーンに限って言えば、60年代から70年代初頭にかけて、BEATLESを含めその中心となっていたのは英国のミュージシャンでした。
BEATLESと並び称されるTHE ROLLING STONES、そしてBEATLESのアルバムをヒットチャート1位から引きずり降ろしたRED ZEPPELIN、そのRED ZEPPELINと共にハード・ロックというジャンルを切り開き牽引したDEEP PURPLE、スーパー・ギタリストの名を欲しいままにし、そのプレイや生き方が多くのミュージシャンに与えた影響が大きいERIC CLAPTON、その他この頃の音楽的ムーブメントの一つであったプログレッシブ・ロックのミュージシャンの多く(YES、PINK FLOYD、KING CRIMSON、EL&P等)ボーカル系のアーティストで言えばELTON JOHNやDAVID BOWIEなども全て英国のミュージシャンです。

 当時アメリカのロックと言えば、その圧倒的な大音響とパワーでアメリカン・バンドの代名詞とも言われたGRAND FUNK RAILROAD(後GRAND FUNK)くらいではなかったでしょうか

 しかしそんなブリティッシュ・ロック勢も徐々にその活動拠点をアメリカに移していきました。(税金の問題とか色々あったらしい)先に挙げたTHE ROLLING STONESやERIC CLAPTONもアメリカを中心に活動するようになり、元々アメリカ南部が発祥とされるブルーズのリズムやコードを取り入れた楽曲を発表するようにります。ALLMAN BROTHERS BANDとERIC CLAPTONのジャムセッションによる名アルバム「LAYLA」(DEREK & DOMINOS)が発表されたのもこの頃である。

 一方、フォークの神様BOB DYLANを発祥とするアメリカンロックシーンも徐々にその活力を取り戻してきた。特に前記のようにブルーズ色を基調としたサザンロックや、カントリー色を全面に押し出したウエスト・コースト・ロックなどが台頭してくる。(1969年のWOODSTOCK FESTIVALにその集大成を見るという考え方もある)

 ウエスト・コースト・ロックやWOODSTOCK FESTIVALについては、また紹介する機会もあると思いますので省略しますが、そんなウエスト・コースト・ロック、アメリカン・ロックのビッグバンドとして初めて世界に通用したバンドが、このEAGLESであろう。

 しかし、そんなEAGLESも彼等が本当に輝いていた時期は驚くほど短い。
極論を言ってしまえば、1975年の「ONE OF THESE NIGHTS/呪われた夜」からこの「Hotel California」が世界を席巻した1977年までの2年間だけが彼等の黄金の日々であったと言えるだろう。
この奇蹟の名アルバム「Hotel California」以降、3年という長い年月を経て7thアルバム「THE LONG RUN/ロング・ラン」(1979)を発表、グラミー賞・最優秀ロック・パフォーマンス賞を受賞するも、前作「Hotel California」と比べるべくもなく、その輝きは色褪せていた。
その後1980年に「EAGLES LIVE/イーグルス・ライヴ」をリリースするも、栄光の日々は再びやってくるはずも無く、1982年5月、その歴史に幕を閉じる。

 ロック史に燦然と輝く珠玉のアルバム「Hotel California」を作り出したEAGLESが何故これほど短い期間しか輝きを放てなかったのか?
それは「Hotel California」があまりに高い完成度を持ったアルバムだったため、EAGLES自身がその壁を超えられなかったからだという考え方も無くはない。
しかし、その「壁」というのは、このアルバムの音楽性とか完成度というものとは別の「壁」だったような気がする。

  それは「時代」という壁だったのではないだろうか?
それまでの長いロック史の中で、全てのミュージシャン、アーティストが突き当たらなければならなかった「時代」とうあまりに高い壁だったような気がする。
BEATLES以降、ブリティッシュ・ロックの隆盛、アメリカン・ロックの復権、と常に時代を走り続けてきたロックは、その背に必ず「社会」という背景を背負い続けてきた。
特にアメリカン・ロックに関して言えば「ベトナム戦争」という重い社会背景を背負っての疾走だったのではないだろうか? その「ベトナム戦争」に対するアンチテーゼとしてWOODSTOCK FESTIVALがあり、「ラヴ&ピース」を標榜としたフラワー・ムーブメントがあったのではないでしょうか・・・。

 しかしこの「ベトナム戦争」が70年代に入り、どうしようもない迷宮のような展開にアメリカという国家は疲れ、5万8千人以上の戦死者を出した揚げ句の1975年のアメリカ軍撤退というなんともやり切れない結果に終わりました。

 ロック界の戦争反対アピールも1969年のWOODSTOCK FESTIVAL以降は、だんだんとその力も弱まっていき、ロックを支えていたエネルギーのひとつが、やはり疲れ始めていたのではないでしょうか?

 70年代初期のロック界は綺羅星のごとく現れたミュージシャン達の情熱と芸術性に於いて他のどの時代も追随を許さない圧倒的なパワーを持っていましたが、それはいつか直面しなければならない「時代という壁」「終焉への疾走」だったのかもしれません。

 そして一つの時代が終わろうとしている頃に発表されたのがEAGLESの「Hotel California」でした。
EAGLESはその時代の終わりを予期していたのではないでしょうか?そしてその時代が終わると共に、自分たちのバンドとしての歴史も終わることも予期していたのではないかと思えてなりません。
名盤「Hotel California」は、EAGLESとしての本当の意味でのラスト・アルバムであると共に、ロックの一つの時代のラスト・アルバムなのではないでしょうか?

 誰かがやらなければならなかった時代への幕引きを、EAGLESは夕陽の輝きに染まったレコード・ジャケットに包んでロック史最高のアルバム「Hotel California」を発表したのです。

 
8/JAN/2004

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